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(以下は去る3月11日に行われた「3.11記念集会」での井上亮スタッフのスピーチです)


〇岩手県への導き
「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。(エレミヤ書1章7節)」 過去2回の短期ボランティアで中長期スタッフの担う役割の大切さについて考えさせられたことと、この御言葉が僕がこちらに来る後押しとなりました。何かの出来事がきっかけになったわけではありません。被災地への思いと必要な聖書のみ言葉からのメッセージを神様が備えてくださって、一歩踏み出すことができました。

〇活動内容
10月に来てからは、北は野田村から南は一関まで毎週いろいろなところへ行きました。1月からは、釜石、大槌を中心に働きをすることができ、主にお年寄り向けのお話や歌を楽しむプログラム、子供向けの放課後支援のプログラムをやっていきました。時々、時間を見つけて戸別に訪問したりもしていました。

〇感じていること
この約半年の支援活動を通して、僕がこれから大切にしていきたいと思わされているのは、シェアしていく、ということです。まず、こちらの状況や必要を知ってもらうということがあります。実際被災地に入らずにできることはもうないんじゃないのか、そう思っている人は多くいると思います。僕もそう思っていたし、情報が少なければそう思ってしまうのが普通なのだろうとも思います。今必要なのは心のケア、そうすると直接出て行くことができない人は何もできないのか。そうじゃないと思います。働いていて感じたこと、たとえば、どこかからおくってきてもらったケーキを持って仮設を訪ね、「これは〇〇(どこそこ)からおくってきてくれたんだ」ということを話すととてもうれしそうな顔になります。震災から二年、同じ日本の中でもそのことを忘れようとしている人がいる中で、覚えていてくれるというのは本当に心強いことだと思います。言い方はどうかと思いますが、そういった、覚えて送ってきてくれたもの、は僕たちが働くときの武器になっているのだと思います。だから、被災地にいて仮設を訪ねる、それだけが支援なのではなく、遠くからでもまだまだできることがある、それをいろんな人に知ってもらいたい、そう思います。

シェアに関してもう一つ。
コーディネーターの近藤先生にこう言われました。「第2、第3の亮君が現れてほしい。」この言葉は何だか気恥ずかしいものでしたが、いろいろ考えさせられました。仕事を辞めて…、大学卒業とともに…、そのタイミングでこちらに来ようと思うとなかなか踏み出すことができないように思います。それに比べて、大学在学中に来ることは比較的来やすいのかもしれません。けれども、学生にとって「一年休む」というのは「一年遅れる」ということと同じだと思います。僕ももちろんそう思っていたし、そのことで悩んだこともあります。来やすいとはいっても学生で来ている人がいない今の状況はそういう心理もあるのかなと思います。でもだからと言って、今のままで人手がどんどん少なくなっているのも現状で、僕は特に大学生にこちらに来てほしいと思っています。
一年前の僕と同じように、今、こちらへの思いで悩んでいる人がいるかもしれない。その時僕が神様に押し出されたように、大学生の中からそういった人が出てくるのであれば、僕はとてもうれしく思います。今、その人たちに向けて、僕自身はどうであったのかをシェアし、少しでも後押しすることができたらうれしく思います。
「語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。(ペテロの手紙第一 4章11節)」これから、岡山に帰るとこの経験を話す、ということが増えると思います。その時、ふさわしい言葉で語ることができるようにしていきたいです。もちろん、残り三週間の活動も、一日一日備えてくださるものを用いて頑張りたいと思います。


*井上スタッフは3月いっぱいで働きを終え、岡山に戻ります。

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