岩手の被災教会と地域を支援する教会・団体のネットワーク
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パートナーシップ

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「3.11いわて」の働きは多くの支援団体の協力によって成り立っています。これまで長期的に共に歩んでくださった各団体からお言葉を寄せていただきました。

ホクミン(北海道クリスチャン宣教ネットワーク)

災害支援担当 三橋惠理也

三橋恵理哉2013 3.11いわて教会ネットワークとのつながりがあったので、ホクミンも支援を継続することができました。継続するためのポイントを3つ挙げてみます。
1.窓口の一本化。ネットワークもホクミンも窓口が一本化していたのでつながりやすかったです。
2.普段からの付き合い。クリスチャン同士、教会同士、牧師同士が普段から仲良くしていることが鍵でした。それが教派を超えた教会のスムーズな連携につながりました。さらに支援活動を通じて、ホクミンの中にも、岩手の方々との間にも、新たなつながりが生まれました。
3.ホームページの活用。支援活動の内容が、どれだけ後方で支援している方々に伝わるかがもう一つの鍵でした。

OMF岩手支援プロジェクト

元プロジェクトリーダー マイク・マギンティ

McGinty2011年3月11日からほぼ4年が経過し、あの悲劇的な出来事の痕跡は、壊滅的な被害を受けた三陸海岸に沿って広がり、かつてそこに街が存在していたことを無言の内に語る家々の基礎部分以外には見られなくなりました。しかし震災直後に膨大な必要に迫られて急ぎ建てられた仮設住宅から、新たな街の復興計画が進む中、それらの基礎部分も急速に姿を消しつつあります。いっぽいっぽは震災後、山田町のかつての中心部に初めて建設され、また最後までしっかり残ることとなったプレハブの建物の一つです。

OMFの救援活動は、まず第一に岩手県に住む被災者の生活面の必要に応えることから始まりましたが、いっぽいっぽはその活動の第二段階として建てられました。時が経過するにつれ、単に生活物資の提供だけでなく、心をもケアする働きの必要が明確になり、この救援活動の性格もそのように変わっていきました。後に“いっぽいっぽ”と呼ばれるようになったドロップ・イン・センター(立ち寄ってくつろいだり相談したりできる公共の施設)のビジョンが生まれたのはそのような時で、やがてそのための建物も建設されました。それ以来何百人もの人々が“いっぽいっぽ”を訪れ、一杯のコーヒーと、そこで奉仕をするクリスチャンスタッフやボランティアスタッフの温かいもてなしを受けてきました。私たちの心からの願いは、多くを失った彼らと共にいっぽいっぽ歩むこと、そしてその中で彼らを新しい人生の指針である神様へと導くことでした。

山田町では現在新しい町づくりのために、新たな基礎工事が続いていますが、私たちはイエス様の例え話に出てくる賢い人(マタイ7章24~27節)のように、人々が何が起こっても倒れない真の土台の上に人生を再建してくれるよう祈っています。OMFは他の働きに移りましたが、3.11いわて教会ネットワークと福音のために共に奉仕できたことを私たちは深く感謝しております。

社団法人「いっぽいっぽ岩手」

代表理事 松本潤

Jun Matsumoto大震災・大津波直後に三陸沿岸部の救援活動に入った海外宣教団体・国際福音宣教会(OMF)の3年間の働きで、地元被災者たち(山田町)が毎日支援カフェに来て憩うことを習慣にして下さり、現在ではその交わりが定着して、毎日30人ほどの来場者がおられます。私達は地元の方々の居場所としての働きが止むことがないようにと願って、OMFから継承し、2014年4月に「一般社団法人いっぽいっぽ岩手」を設立しました。設立に際し、3.11いわて教会ネットワークの諸先生には、交わりを通して宣教困難な岩手に対する使命と研究姿勢に教えられ励まされ、法人の一員にも加わって戴きました。一年近く経った支援活動は、スタッフ不足を覚えながらも、岩手開拓に着手した日本福音キリスト教会連合の諸教会と連携して、礼拝出席者13名(2/1現在)のうち半数が地元民となり、支援と共にみことばによる真の慰めと希望を届けています。

JECA岩手開拓伝道委員会

岩手開拓伝道委員会 菅野淳一

Junichi Kanno「震災4周年に向けて」

東日本大震災から4年が経ちますが、今、釜石と山田に小さな群れが誕生し、3月25日(火)には「三陸のぞみキリスト教会」開所式を迎えようとしていることを覚えて主の御名を心から賛美致します。
今、日本の福音派は宣教の困難な時代を迎えていたと思います。昭和天皇が人間宣言を行い、終戦を迎え、それまで信じてきたものが崩れ、日本は思想混乱期に陥りました。多くの若者が共産主義に傾き、同時に教会にも真理を求めて多くの若者が集まり、キリスト教ムーブメントが起こりました。青森の教会もそのようにして開拓されました。その余韻は戦後30年くらいまで続いたと思います。しかし、今やその余韻は無く、20年前のサリン事件により「宗教は怖い」といったイメージが付き、これまでの路傍伝道やトラクト配布での伝道方法では難しくなりました。しかし、神は、すべてを統べ治めるお方です。宣教困難な時代を迎えたのには何か意味があることを信じます。
東日本大震災による津波によって三陸沿岸はすべて被災地となり、被災直後から各地からボランティアに入り、支援活動を小さいながら続けてきました。今、その被災地に教会が立とうとしています。それは路傍伝道やトラクト配布によるものではなく、支援活動によるキリスト者による証しによってです。支援活動を通して、被災者一人一人に関わりをもつことによって、キリストの愛に触れた方々が信仰告白に導かれ、教会を形成してきているのです。
これまでの福音派の教会はリベラリズムの社会派に対する警戒とディスペンセーション主義の終末論神学の影響から、この世から滅びゆく魂の救いが急務であると教えられ、社会活動を行ってきませんでした。しかし、聖書に立ち返えれば、イエスさまも、多くの病を癒し、人々の必要に応える働きをしながら、福音を宣べ伝えていました(マタイ9:35)。その意味では明治時代に活躍した社会的なキリスト者たちを見直す必要があると思います。
今後、支援を通して誕生した小さな群れがしっかりとキリストを土台とし、その地域に根ざされていくことを祈りつつ、主のみわざを見張っていきたいと願っています。

一般社団法人「クラッシュ・ジャパン」

リエゾン 永井敏夫

Toshio Nagai「これからも個々の温かさが見える活動を。」

クラッシュ・ジャパンでは、緊急支援期に遠野市と一関市千厩にベースキャンを設けました。復興支援期に移行する際には、今までの活動を主に3.11教会ネットワークに引き継いで頂くことになりました。特に千厩ベースは、町のご厚意でお借りしていた施設そのものも使用して頂くことになり、その引き継ぎの際には本当にお世話になりました。
貴ネットワークは、コアの牧師方が互いに信頼し合い、良くコミュニケーションをとっています。数々のボランティアを含め、個々の持つ「温かさ」が、活動している場所で見えていると思います。笑顔、手のぬくもり、なじみのある声がこれからも貴ネットワークを通じて活動される個々を通して、被災された方々に届きますようにと心から祈ります。

学校法人「玉川聖学院」

宗教部主任 櫛田真実

Masami Kushida「玉川聖学院のボランティアキャンプについて」

震災1年後の5月に当ネットワークのご協力によりこのキャンプを始め、この3月には第Ⅶ期のチームを派遣する予定です。宮古において1チーム11名で始めたこのキャンプも、参加者の報告、現地スタッフのお証などで、関心が高まり、第Ⅲ期からは大船渡、第Ⅵ期からは釜石を加え、今回も3チーム32名となりました。被災地の現状を知り、自分の無力さを知る一方で、それでも私たち人間をお用いになって神様ご自身が、被災地の皆様の痛みに届こうとされている。朝晩の礼拝や、現地のスタッフの姿を通し、みことばが生きて働かれることを目の当たりにすることは私たちにとって計り知れない恵みです。このキャンプで将来に指針が与えられた生徒や、受洗を決心した生徒もいます。また毎年のように自分たちでチームを組んで岩手を訪れるOGもいます。昨年秋には中等部全校集会において、宮古市立津軽石中学とスカイプを通じての交流会が持てたのも感謝でした。これからもみこころならば、続けていきたいと思わされています。

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