4/15-16 第1回温泉プロジェクト報告

第1回温泉プロジェクトのために山田町に向かいました。釜石の惨状、大槌町の圧倒的な破壊の姿、そして山田町の焼け野原の光景。個人的なつながりのある場所の被災、そして支援は私にとっても容易ではありませんでした。

写真中央に見える建物は山田線の山田駅です。津波後の火災で全焼しています。

 

 

待ち合わせ場所となった消防団の屯所。

ここも津波の被害を受け、車庫の中には泥につかった消防車がひっそりと置かれていました。現地の手配などをしてくださった消防団のSさんによれば、目の前で出火し燃え広がっているのに瓦礫で消防車が通れなかったり、断水で水が出なかったり消防栓が使えなかったり。瓦礫のために簡単に延焼が広がってしまったそうです。消火活動ができなかった無念さをお聴きしました。

 

皆さんを宿に連れ、温泉と食事を楽しんで頂きました。

まず最初に口々に出たのが「うれしい」。もちろん多くの支援物資や援助によって食事が出来ていることを感謝しつつも、やはり冷たくなったお握りや缶詰ばかりでは辛くなってきます。ここの方々は野菜は食べられているそうですが、肉、魚類はほとんどなく、あっても缶詰ということ。

また、食事が進むにつれて、それぞれの物語ともいうべき被災体験がポツポツと語られ始めます。あるときは何人かの雑談の中で、ある場合は一人の人の隣でじっくりと、様々なお話を聴かせていただきました。

もしかして残酷なことをしているのではないかという恐れもありましたが、朝の皆さんの笑顔や留守番をしている方々へのお土産を品定めしている姿を見て「やって良かった」「可能な限り続けよう」と思わされました。

また企画してくださった北上のNさんが山田町には教会がないという話を聞いて「山田は宮古と釜石の間にあって、陸の孤島なんて言われたりする。だから教会も来ないんだなあ」「山田に教会作ってよ。おれが牧師になるからさあ」と冗談半分で言ってくれました。冗談半分でも嬉しかったです。そして、関わり始めた事柄の大きさに改めて襟を正される思いがしました。

このプロジェクトのために資金的な面で援助下さった方々、お祈り下さった方々に、この場を借りて御礼申し上げます。一回で終わらせてはいけないと思っております。引き続きお祈りよろしくお願いいたします。

佐々木

第1回温泉プロジェクトのために山田町に向かいました。釜石の惨状、大槌町の圧倒的な破壊の姿、そして山田町の焼け野原の光景。個人的なつながりのある場所の被災、そして支援は私にとっても容易ではありませんでした。

写真中央に見える建物は山田線の山田駅です。津波後の火災で全焼しています。

 

 

待ち合わせ場所となった消防団の屯所。

ここも津波の被害を受け、車庫の中には泥につかった消防車がひっそりと置かれていました。現地の手配などをしてくださった消防団のSさんによれば、目の前で出火し燃え広がっているのに瓦礫で消防車が通れなかったり、断水で水が出なかったり消防栓が使えなかったり。瓦礫のために簡単に延焼が広がってしまったそうです。消火活動ができなかった無念さをお聴きしました。

 

皆さんを宿に連れ、温泉と食事を楽しんで頂きました。

まず最初に口々に出たのが「うれしい」。もちろん多くの支援物資や援助によって食事が出来ていることを感謝しつつも、やはり冷たくなったお握りや缶詰ばかりでは辛くなってきます。ここの方々は野菜は食べられているそうですが、肉、魚類はほとんどなく、あっても缶詰ということ。

また、食事が進むにつれて、それぞれの物語ともいうべき被災体験がポツポツと語られ始めます。あるときは何人かの雑談の中で、ある場合は一人の人の隣でじっくりと、様々なお話を聴かせていただきました。

もしかして残酷なことをしているのではないかという恐れもありましたが、朝の皆さんの笑顔や留守番をしている方々へのお土産を品定めしている姿を見て「やって良かった」「可能な限り続けよう」と思わされました。

また企画してくださった北上のNさんが山田町には教会がないという話を聞いて「山田は宮古と釜石の間にあって、陸の孤島なんて言われたりする。だから教会も来ないんだなあ」「山田に教会作ってよ。おれが牧師になるからさあ」と冗談半分で言ってくれました。冗談半分でも嬉しかったです。そして、関わり始めた事柄の大きさに改めて襟を正される思いがしました。

このプロジェクトのために資金的な面で援助下さった方々、お祈り下さった方々に、この場を借りて御礼申し上げます。一回で終わらせてはいけないと思っております。引き続きお祈りよろしくお願いいたします。

佐々木

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